Birthday

【その前日、そして今日】
薔薇たちの生命の営みにハッとさせられた金曜の朝。
前夜から続く、湿り気の多い強風の中で
届いて以来余り変化の無いようだった
アンナ・パヴロバにも新たな芽の透明感のある深い赤が
刻々と姿を変える雲の流れを背景に天に向かい
エレーヌ・ジュグラリスにもいくつかシュートが伸びて
サー・フレデリック・アシュトンには可愛らしい蕾が二つ。

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そして、お誕生日のお祝いにと
新たに3つも薔薇の苗を頂いた♪
淡い黄色や、アプリコット色のクォーターロゼット咲きの
ジャンヌ・ダルクとマルシェルブ、
そしてスプレー咲きになるというオフホワイトのイングリッシュ・アイズと、
これまで我が家にあった薔薇たちと
ちょっと違った風情の品種ばかりで
これから花が咲くのが楽しみでもあり
贈って下さった方の真心を
その成長と共に感じ続けていかれるだろうと思う。

ジュリークのラベンダーのシャンプーも頂いたり
今日は朝から、友人が祝福のメッセージを送ってくれたり
暖かいお気持ちに触れながら
今ここに生きているという手触りを
大事にしながら過ごしていきたいなと思った。

【タッチハンガー】
先日、三砂ちづるさんの「タッチハンガー」を読んだ。
結婚、出産、育児…女性として生きるということ
すでに娘たちも成人し育児も終盤(笑)の私だが
もし、こういう懐の深い視座に若い頃に触れていたら
もしかしたら、もっともっと豊かさを実感しながら
その体験を楽しめたかもしれないなと思う。
タッチハンガー がんばり続けてなお、満たされないあなたへ

また、三砂さんが翻訳なさった
フィリス・K・デヴィス著の「パワー・オブ・タッチ」も、私が大事にしている本。


パワー・オブ・タッチ

冒頭の詩を引用させて頂こうと思う。

わたしにふれてください

もしわたしがあなたの赤ちゃんなら
どうぞ、わたしにふれてください。
今までわたしが、知らなかったやさしさを
あなたからもらいたい。
あふろにいれてください、
おむつを替えてください
おっぱいをください
きゅっとだきしめてください、
ほおにキスしてください
わたしの体をあたためてください
あなたのやさしさとあなたのくれる快楽が
わたしに安心と愛をつたえてくれるのです

もしわたしがあなたのこどもなら
どうぞ、わたしにふれてください
いやがるかもしれないし、拒否するかもしれないけど、
何度もそうしてください
わたしがどうしていやがるかわかってほしいから
おやすみなさい、と抱きしめるあなたの腕が
わたしの夜を甘くしてくれる
昼間にみせてくれるあなたのやさしさが
あなたの感じる真実を伝えてくれる

もしわたしがあなたの思春期のこどもなら
どうぞ、わたしにふれてください
もう大きくなったのだからなんていわないでください
あなたがわたしにふれるのをためらうなんて
思いたくない
あなたのやさしい腕が必要です
あなたのおだやかな声をききたいのです
人生は困難なもの、とわかったいま、
わたしの中の小さな子どもがあなたを必要とするのです

もしわたしがあなたの友達なら
どうぞ、わたしにふれてください
あなたがだきしめてくれると、
わたしはあなたにとって大切な人だとわかるから
あなたのやさしさが、おちこんでいる私も、
かけがえのない存在であることを
思い出させてくれるから
そしてひとりではない、と思い出させてくれるから
わたしにやすらぎをくれるあなたのありよう、
それだけがわたしが信じられるもの

もしわたしがあなたのセックスの相手なら
そうぞ、わたしにふれてください
あなたは、情熱さえあれば、十分と思うかもしれない
でも、あなたの腕だけが、わたしの恐れをとかしてくれる
あなたのやさしくおだやかな指先をください
あなたにふれられて、わたしは愛されているということを
思い出すことができる
わたしはわたしなのだ、ということを
思い出すことができる

もしわたしがあなたの大きくなった息子なら
どうぞ、わたしにふれてください
わたしには、
抱きしめるべきわたしの家族はいるのだけれど
それでも、傷ついたときには
おかあさんとおとうさんにだきしめてほしい
おとうさん、あなたといるとすべてが違ってみえる
わたしが、大切なわたし、であると
思い出すことができる

もしわたしがあなたの年老いた父親なら
どうぞ、わたしにふれてください
あなたが小さかったときに
わたしがあなたにふれたと同じように
わたしの手をにぎり、わたしのそばにすわって
わたしを力づけてください
わたしの疲れた体によりそい、あたためてください
わたしは随分しわくちゃになってしまったけれど
あなたのやさしさに力づけられる

どうぞ,何も恐れないで
ただ、わたしにふれてください

Phyllis K.Davis(訳 三砂ちづる)

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ContemporaryDance

今日はコンテのレッスンだった。

今日の振り付けも、全身がうねる様な動きがあったかと思えば
スパッとバットマンで解放するような動き
アチチュード・デリエールにシュッとまとめていくような動きと
コントラストのある振りで
一見ややこしそうに見えた手の動きも
ポジションやら通り道だとかを余り考えず
体幹のしなりの延長に委ねていくと
案外すんなり身体に入ってくるし
ステップも振りを覚えるというより
こうきたら、次はこっちに行きたいという流れの中に
繋がっていくような振り付けのお陰か
その大きな流れを把握しておいて
要所要所、ターニングポイントになる部分を押さえておくと
決して振り覚えは良くないはずの私が^^;
余り覚えることに追われないで
自然と次の振りが身体から生じてくるようでもあり
次第に自分の中で、そのうねりの中で強弱がつけたくなり
変な表現だけれど
「身体が踊り始めたな。」という実感がした。

このコンテの時間は
私にとって、饒舌な思考から解放されて
身体に委ねて踊るということを
その日、ずっと1曲を踊りこむ中で
何度もトレースしながら
自分の踊りとの関わりを根底から変えていく時間である一方で
でも、その自由の中の様々な瞬間に
自分の中に根付いているバレエを再発見する時間でもある。
かつて、コンテは習ったことが無かったが
バレエを本格的に始める前にやっていた違う種類のダンスに触れていた頃と
明らかに違う、何か拠りどころみたいなものが存在して
その絆が根底で私と動きを繋いでいてくれるから
自由の中に、身を委ねていけるんだなとも思え
改めて重ねてきた時間と、導いて下さった先生方への
感謝の想いにも満たされる。

もしかしたら、違う種類のダンスを習うことで
何か自分の中に混乱が生じたりするかと思っていた面もあったが
むしろ、そのクロスオーバーが
私の中では、良い相乗効果で働いてくれているように感じる。

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Ballet:Lesson Notes #74

私が育てているエレーヌ・ジュグラリスは
最初の花が咲き終えたが
バトンタッチするように、義父に贈ったエレーヌが咲き始め
玄関先で清楚な羽衣を広げている。

羽衣といえば、先日NAXOSからリリースされている
橋本圀彦作曲「天女と漁夫/東京都交響楽団・指揮:沼尻竜典」
のCDを取り寄せてみた。
橋本國彦:交響曲第1番

ライナーノーツによると
花柳寿美の委嘱で芦原英了の台本に基づき作曲されたもの。
薄い雲の向こう側から降り注ぐ柔らかな月の光と
涼やかな風が心地よいこんな晩に
「天女の舞」の雅やかな旋律に耳を傾けていると
何やら心が洗われるような心地よさがある。
また、共に収録されている交響曲第1番二調がまた素晴らしくて
日本のクラシックもいいものだなと思った。

参考:このアルバムに関する記事など
NAXOSのページ(15分無料体験で一部試聴も可)
忘却から蘇った傑作を聴け」 和歌山大学 Ritornello

【レッスン】

今日は、お直しを頂いていて
また、いくつか発見があった。
一旦、求められるものを受け止める回路が通り始めると
連鎖して「あ、そういうことか!」と
自分の中にストンといろいろなことがしっくり収まり始める。
こういう時期が稀にあるから
やはり楽しいのだろう。
おそらく、今日リンバリングの間に捉えた感覚が馴染んだら
それは多分ピルエット・アンドゥオールにも
変化が出てくるんじゃないかという気もする。

明日は七夕、そして満月…晴れるといいな。

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Ballet:Lesson Notes #73

【CoolBallet】
先週末はたまたまイレギュラーにレッスンを入れて頂いていたのだが
それが必要になることを
まるでどこかで予期していたのかと思うような出来事がその前日にあって
レッスンを入れておいて頂いて良かった^^;…と、心底思った。

通りが良くなって、心身が開いていくという中で
いろいろな意味で感受性のようなものが高まるということは
良い面も多々あるが
うっかりすると、受けなくてもいいものも
無防備に受けてしまうことがあることや
広がった分の感受性に
自分の中の本来の秩序が翻弄されないように
バランスをとりつつ、足並みを揃えて進んでいくことの大切さを
学んだ体験でもあった。

【レッスン】
いつものクラスのレッスンが終わった後
先生と少しお話をした。
レッスンの間に、先生からいろいろアドバイスや指摘を頂く時
言われていることがどういうことで
何を求められているかが判っていても
そこにスムーズに繋がる感覚を見出せずに
戸惑ってしまうこともあったりしたのだが
ある時から、向けられた言葉を鏡に映すように…
つまり裏側から捉えて
例えば鳩尾の辺りを指摘されたら
その裏側、背中側をちょっと糸で引かれる様なイメージを持ったり
骨盤の片方の上がりを指摘されたら
それを下げようとするのではなく
反対側を上げるというか
そちら側の骨盤内のスペースをちょっと広げるようなイメージを持つとか
逆の方向から捉えてみると
求められる状態に自分の身体を導くプロセスのようなものが
自分の中で繋がりやすいということに気付いて
最近は時折、そうして自分の中で翻訳作業をしているかもしれない(笑)
というお話をした。

なるほどという感じで、先生も頷いていらしたが
もちろん、言葉をそのまま受け止めて
ストンとそこに入っていける人もいるだろうし
結果として、身体の状態は
同じ方向に軌道修正されるのだが
私はたまたま、裏から捉えたほうが
自分の回路に馴染むということで
その翻訳を通して、感覚の言語の共有化を
少し広げるコツみたいなものを見つけたということなのかもしれない。

先生、曰く
私は「言葉にものすごく反応する」らしいから
あるところに意識が向きすぎると
その部分に囚われやすくもあるのかもしれないし
言われたことに直球で意識を向けるのではなく
それを正すことで導かれる状態というのを
先に全体像で思い描いてから
なおかつ、その裏側からアプローチしていくというプロセスを経ることで
部分に囚われて、全体の繋がりを失うことを避けながら
言われていることを、よりスムーズに身体に響かせる術を
やっと見つけたということか(笑)
いずれにしても、
余り戸惑ったり、混乱するということが無くなって来たのは確かだ。

そういえば、先生が面白い表現をなさっていたが
最近、私の中でお線香の煙がスーッと立ち昇るように
細く、流れるものが見えるようなことがあると。
そして、それがもっと力強い流れになったら
きっと動きも含め、いろいろなことが楽になるんじゃないかなと
仰っていらしたり
存在そのものの印象が変わってきたと仰ってもいた。
それは、私自身が実際に感じている
繋がっている時のエネルギーの流れの感じや
そういうときのある種の静寂感みたいなものに
とてもしっくりくる表現でもあって
今の自分の内的な感覚は、
外から見た時はそういう風に映るんだ…と思うと
面白いものだなと思った。

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The Prophet

久しぶりに、外出の予定もない平日だったが
少々時間のかかる印刷物を今日中に仕上げたかった。
作業といっても、実際はプリンターがやってくれるので
私は時折給紙をしたり、原稿のデータを差し替えるだけなのだが
全部印刷するには半日近くかかってしまうので
長い時間PCから離れることはできず
傍ら、読書をしながら過ごした1日だった。

キャンベルのMaskを読むには
ちょっと集中できない状況なので^^;
詩的なもの…と思って
迷いがあるとき、苦しい時
嬉しい時、幸せな時
様々な節目に折に触れて読んできた
Kahlil Gibranの「The Prophet (Wordsworth Classics)」を選んだ。
ハリール・ジブラーン(カーリル・ギブラン)の「預言者」は
最初、いくつか邦訳版を読んで
やはり、訳する方によって微妙に雰囲気が変わるので
とうとう英語版のペーパバックまで手を出してしまったくらい(笑)
私にとって、響くもののある詩だった。

その中の「子ども」と「結婚」は
いろいろなサイトなどで取り上げられているようなので
「教えること」を
ご紹介したいと思う。



Then said a teacher, "Speak to us of Teaching."

And he said:

No man can reveal to you aught but that which already lies half asleep in the dawning of our knowledge.
The teacher who walks in the shadow of the temple, among his followers, gives not of his wisdom but rather of his faith and his lovingness.
If he is indeed wise he does not bid you enter the house of wisdom, but rather leads you to the threshold of your own mind.
The astronomer may speak to you of his understanding of space, but he cannot give you his understanding.
The musician may sing to you of the rhythm which is in all space, but he cannot give you the ear which arrests the rhythm nor the voice that echoes it.
And he who is versed in the science of numbers can tell of the regions of weight and measure, but he cannot conduct you thither.
For the vision of one man lends not its wings to another man.
And even as each one of you stands alone in God's knowledge, so must each one of you be alone in his knowledge of God and in his understanding of the earth.

「教えること」は
教える立場の方だけでなく
学ぶ立場の方にとっても
示唆に富んだものだと思う。
いろいろな訳があるのだけれど
私は西田今日子さんが公開して下さっているものが
気に入っているので
そのページにリンクを張らせて頂こうと思う。
http://www.levha.net/gibran/on_teaching.html

The Prophet (Wordsworth Classics)

よく生きる智慧~完全新訳版『預言者』

預言者 ポケット版

ハリール・ジブラーンの詩 (角川文庫)

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