Ballet:Lesson Notes #73
【CoolBallet】
先週末はたまたまイレギュラーにレッスンを入れて頂いていたのだが
それが必要になることを
まるでどこかで予期していたのかと思うような出来事がその前日にあって
レッスンを入れておいて頂いて良かった^^;…と、心底思った。
通りが良くなって、心身が開いていくという中で
いろいろな意味で感受性のようなものが高まるということは
良い面も多々あるが
うっかりすると、受けなくてもいいものも
無防備に受けてしまうことがあることや
広がった分の感受性に
自分の中の本来の秩序が翻弄されないように
バランスをとりつつ、足並みを揃えて進んでいくことの大切さを
学んだ体験でもあった。
【レッスン】
いつものクラスのレッスンが終わった後
先生と少しお話をした。
レッスンの間に、先生からいろいろアドバイスや指摘を頂く時
言われていることがどういうことで
何を求められているかが判っていても
そこにスムーズに繋がる感覚を見出せずに
戸惑ってしまうこともあったりしたのだが
ある時から、向けられた言葉を鏡に映すように…
つまり裏側から捉えて
例えば鳩尾の辺りを指摘されたら
その裏側、背中側をちょっと糸で引かれる様なイメージを持ったり
骨盤の片方の上がりを指摘されたら
それを下げようとするのではなく
反対側を上げるというか
そちら側の骨盤内のスペースをちょっと広げるようなイメージを持つとか
逆の方向から捉えてみると
求められる状態に自分の身体を導くプロセスのようなものが
自分の中で繋がりやすいということに気付いて
最近は時折、そうして自分の中で翻訳作業をしているかもしれない(笑)
というお話をした。
なるほどという感じで、先生も頷いていらしたが
もちろん、言葉をそのまま受け止めて
ストンとそこに入っていける人もいるだろうし
結果として、身体の状態は
同じ方向に軌道修正されるのだが
私はたまたま、裏から捉えたほうが
自分の回路に馴染むということで
その翻訳を通して、感覚の言語の共有化を
少し広げるコツみたいなものを見つけたということなのかもしれない。
先生、曰く
私は「言葉にものすごく反応する」らしいから
あるところに意識が向きすぎると
その部分に囚われやすくもあるのかもしれないし
言われたことに直球で意識を向けるのではなく
それを正すことで導かれる状態というのを
先に全体像で思い描いてから
なおかつ、その裏側からアプローチしていくというプロセスを経ることで
部分に囚われて、全体の繋がりを失うことを避けながら
言われていることを、よりスムーズに身体に響かせる術を
やっと見つけたということか(笑)
いずれにしても、
余り戸惑ったり、混乱するということが無くなって来たのは確かだ。
そういえば、先生が面白い表現をなさっていたが
最近、私の中でお線香の煙がスーッと立ち昇るように
細く、流れるものが見えるようなことがあると。
そして、それがもっと力強い流れになったら
きっと動きも含め、いろいろなことが楽になるんじゃないかなと
仰っていらしたり
存在そのものの印象が変わってきたと仰ってもいた。
それは、私自身が実際に感じている
繋がっている時のエネルギーの流れの感じや
そういうときのある種の静寂感みたいなものに
とてもしっくりくる表現でもあって
今の自分の内的な感覚は、
外から見た時はそういう風に映るんだ…と思うと
面白いものだなと思った。

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