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December 28, 2009

Ballet:Lesson Notes #109

雨と共に訪れた朝も
次第に柔らかな光が降り注ぎ
世界が彩度を増してくるように感じられる午後
今年最後のクラス・レッスンへ。

既に年末年始の休暇に入られた方もいらして
いつもより賑やかで
かなり久しぶりにお会いした方もいた。

ここ暫く、バーレッスン前のエクササイズは
ずっと膝のサポーターを利用していたけれど
それによって、むしろ不具合にフォーカスしてしまう気がしたのと
CoolBalletのリラグゼーションの時間に出てくる動きから考えても
極端に負荷のかかる動きでなければ
もう大丈夫と思えたので
今日は着用せず、様子を見た。

内転筋の深いところで一部引っ張られる感じが強いところはあったけれど
膝自体にはもう余り問題が無いようだったし
内転筋とハムストリングスのリリースをしてあげたら
それもだいぶ軽くなるのではないかという気がした。
無理がないと身体が感じられる範囲内で、適宜緩めることも加えながら
伸ばしていくことが今日は心地よく感じられた。

バーレッスンになって1番に立った時
不調が続いていた右足が
まだ違和感は残るにせよ
以前までよりアンドゥオールしたポジションに
収まっていかれる感覚もあって
あれ?と思ったりもした。

神戸から取り寄せたという
FREUNDLIEBのシュトーレンを
持ってきて下さった生徒さんがいらしたので
レッスンが終わってから、皆で頂いた。美味だった♪

帰りがけ、11月が締め切りだったものの
父のこともあったりして保留させて頂いていた
発表会の参加の申し込みを
遅ればせながらさせて頂いた。
出ると言っていながら、出られなくなることが
一番周囲にご迷惑をお掛けするから
それを危惧して、決めかねていたのだが
やはり、何か事が起こる前から諦めるのも
らしくないかな…と思って。

ただ、まだ父も退院したばかりだし
本当に先は見えない状況ではあるのだけれど
余り他の人と絡まない
万が一の際も、抜けても大丈夫な形で
入れてくださるとのことだったので
だいぶ気が楽になった。
そんな状況なのだけれど
むしろ、舞台に出るということを
今までで一番素直に心が欲していることを
踊りの中に託して表したいものがあることを
強く感じてもいる今だ。

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December 21, 2009

Ballet:Lesson Notes #107

【Sunset】

シャープなフォルムの月に誘われて
見晴らしの良い高台まで足を伸ばした
日曜日の夕暮れ時
茜色に染まる地平線と深まりつつあるブルーのグラデーションが
刻々と移り変わっていく光景に
留まらない時の流れを感じた。
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自分の周りの状況が、少しずつ変わってきて
私自身の中でも微妙な変化が生じている昨今
私はどこへ行こうとしているのだろうか…と
月を見上げながら想ったりもした。

けれど、
「どこへ行こうとしているのか、自分でわかっていると思えば思うほど、
私たちは自然な流れとつながりがもてなくなってしまう。」
(※注)
という言葉が、その時ふっと心に浮かんできた。

わからないからこそ、今この瞬間に心が感じるものと
強く響きあえるのかもしれない。
どこに流れ着くにせよ、
その時その時、与えられた選択肢の中から
より私の至福と感じられることを見出し
大切にすべきことを見失わず
選択した中で自分にも周りにも
誠実に向き合っていくことを考えようと思った。

※ロジャー・フーズデン著「愛の旅人―詩人ルーミーに魅せられて
愛の旅人―詩人ルーミーに魅せられて

大切にしたい物事や人があるということ
それを支えてくれる師や、
大切に想ってくれる友がいること
もうそれだけでも幸いであり至福なのだから
それらを慈しみながら過ごした先にあるものは
どんな形であるにせよ
やはり幸いなのだろう。

【レッスン】

金曜日はお休みだったので
またしても、1週間ぶりのクラスレッスン。
冷え込みのきついここ数日だったし
立ち仕事の負担も今がピークの時期なので
やはり、少しハムストリングスはリリースが必要かなと感じた。
今週は休日もあるから
次女とリリース大会かな(笑)

それでも、間が空いているメリットとして
自分の感覚が新鮮というか
普段だと無意識に動いてしまっていたところで
その時の自分の身体の状態を
ちょっと違うところから感じられるような面もあったり
それによって捉え方を変えてみることで
修正できることなどを見つけたりもしたし
貴重な時間と思うから、ひとつひとつの動きにも
自然とより丁寧に向き合おうとするようにもなるようだった。

センターのアンシェヌマンも
「あ、こういう感じ、好き」と思うような内容だったので
レッスンとしてより、純粋に踊りとしての楽しさを感じられたひと時でもあった。

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December 07, 2009

Ballet:Lesson Notes #104

日曜はスクールリストの更新や
ここのところのドタバタで
滞ったままで少々気になっていた
ライフワークのようなお仕事関連の準備をしつつ
病院との2往復をしたりするうちに時が過ぎていった。

それほど体力的に疲れていた訳ではないのだが
今日は冬晴れの朝だというのに、
どこかまた理由のはっきりしない息苦しさとでもいうのか、
閉塞感のようなものを感じ
いっそ夕方の病院に行く時までボーっとしていようかなとも思った。
でも、何だかそういう感覚を抱えたまま篭っていると
家と仕事と病院との間を飛び回る日々の中で
それが増幅してしまうと思ったので
やはり、レッスンに出かけることにした。

レッスンが始まる前の時間
先生にこの1週間のことをざーっとお話ししながら
我ながら、よく喋る^^;と思った。
やはり、「話す」ことを欲していたのだろうか。

レッスンが始まって、自分の中のスイッチも切り替わり
全てを忘れてその時間に集中する中で
抱えていた閉塞感も、どこかにスーッと消えていった。

1週間、間が空いたことは
やはり、今回もマイナス要素というよりは
むしろニュートラルな感覚で自分の動きや身体の状態を
感じ取れることとして
私自身の中では受け止められるようでもあり
一度、身に付いたものを書き換えることは確かに大変だが
その分、そう簡単には失われないということでもあって
むしろ、手放したいパターンは薄らぎ
自分の中にしみ込ませたいものが
ストンと入ってくるようにも感じられて、
この状況は、確かに大変ではあるのだけれど
チャンスでもあるのかもしれないと思った。

今回の出来事は、私にとっても
チャレンジであると同時に
ギフトでもあるのだろう。

その後、病院へ行き担当医と話した。
今回の検査を見送ることに関して
最終的には良い形で話がつき
リスクのある検査は行わず、退院して
通院しながら様子をみるという方向に進めることになった。
やはり、このことも自分の中で結構なプレッシャーになっていたのかもしれないが
その話の中で、疑問に感じていたことや
不安に感じていたことに関しても
いくつか解消した点もあり、ずいぶんと気が楽になった。
もちろん、検査をしないで退院することもリスクではあるのだけれど
「良い患者、家族」のままでいたら
もしかしたら提示されなかったかもしれない選択肢も示されたので
やはり、主張するところは主張して良かったと思う。

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December 02, 2009

Ballet:Lesson Notes #102

【Glenn Miller Orchestra】

日曜日は母と長女と共に、みなとみらいホールまで
Glenn Miller Orchestraのコンサートに行ってきた。

父がまだ入院する前に、
元気付けるために何か楽しみの機会を贈ろうと
チケットを手配していて、父も楽しみにしていたのだが
残念ながら、父はまだ入院中で行くことができなくなってしまった。
指揮者のLarry O'brien氏と父とはかつて少々交流があったものの
こちらに越してきてからは、なかなかコンサートに足を運ぶ機会も無かったのだが
せめて、ずっと楽しみにしていたことだけでも
伝えたらどうだろうかと訊ねてみたところ
父もとても喜んだので手紙を預かって出かけることになったのだ。

ビッグバンドを生で聴くのは初めてだったが
スイングが心地よく心身に響き
とても楽しいひと時でもあったし
次の機会には父に聴かせてあげたいと思った。

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【レッスン】

2週間ぶりにクラスレッスンを受けた。
そのブランクは感覚をニュートラルにして
そこそこのペースでレッスンをしているときよりも
その瞬間ごとの自分の身体や動きがクリアに感じられ
余計な意識に煩わされること無く
それに委ねていけるようだったし
意図せずデトックスされた身体は軽く、
かといって体力が落ちた感じも、身体の硬さも全く無く
余計な筋肉が落ちて、むしろ身体もまとまり易く感じたのは
やはり、心身両面での十分なフォローと
栄養面での適切なアドバイスのお陰だろうと思う。

その日もその数時間以外はいろいろと実家のことで雑用に追われたり
病院への往復で過ぎていったが
レッスンに向かう前の僅かな時間
通りかかった公園で暫し佇み
木々が大地に敷いてくれた
冬色の絨毯の感触と眺めを味わいながら過ごしたりもした。


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November 09, 2009

Ballet:Lesson Notes #99

朝から、父の検査で病院へ。
終わった時間によっては、レッスンに行くつもりで
一応レッスンバッグもトランクに詰め込む。

予約してあったとはいえ、待ち時間がかなり長い。
日ごろ、自分自身が殆どこうした大きな医療機関のお世話になっていないので
そう感じるのかもしれないが、
何のための予約なんだろうと、正直思った^^;

今日はご紹介頂いた先生の診断と再度血液検査で
ほぼ半日が過ぎ、今週中にあと2回胃カメラとCT
来週またもう一度と3回の検査通院となった。
担当のお医者様は、それでもよく話を聴いてくださる方ではあったが
車ならともかく、体調が優れず
自宅の階段を昇るのもしんどい状態の高齢者には
短期間に幾度も検査のために病院に足を運ぶのも容易ではない。
今日と、あと3回のうち2回は私が車を出せるが
1回はどうしても仕事があるのでタクシーを使うようになるかと思う。
先日の検査結果の数値的には
入院治療になるかならないかの瀬戸際と言われていたので、
それでも即入院にならなかったのは良いことだったのかも。

何とか午後からのレッスンには間に合いそうだったので
その後スタジオへ向かう。
その途中、お気に入りの欅並木の道の彩りがとても綺麗だったので
路肩に車を寄せて、ちょっとだけ木立のざわめく音に耳を済ませたり
涼やかな空気に触れることを楽しんだ。
その僅かな時間が程よく雑念を洗い流して、
バレエに向き合う時間への転換になった。

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たまたま教室の休みが重なったりで、
昼間のクラスは2週間ぶり、ポアントもほぼ2週間ぶり。
教室について、着替えようとバッグを開けて…
あれ?…タイツとシューズ類とタオルはあるけど
肝心なレオタードが…無いっ(滝汗)
朝、バタバタしている時に、後から入れようと思って
それを忘れたまま出てきてしまったのだった;;;
教室の貸し出し用のものをお借りしたので
それでも、レッスンは出来たが
かなり久しぶりのキャミレオタ1枚…お見苦しくてスミマセン
寒い日じゃなくて良かった^^;

先日の小川先生のセッションのお陰だろうか
アン・オーのポジションの時の体幹の収まりが良い。
アームスの動きに肋骨が引っ張られる感じが無くなっているから
どのポジションでも以前より容易に身体がいい塩梅にまとまる感じ。
それから、やはりCoolBalletで少し集中してアームスをみて頂いているので
特にア・ラ・スゴンドからドゥミスゴンドを経てアン・バに戻る軌道上の
迷いや、もたつきが無くなっているようにも感じ、
また、バーを持つ側の腕も同時に働いている感覚を
保っていることがし易くなって
それによって体幹の広がりが生じてくるのがわかった。
まだまだ要修行だが(笑)
アームスの見直しは、案外全体の調和やバランスに
大きく影響を与えてくれるかもしれないなと感じた。

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October 26, 2009

Ballet:Lesson Notes #95

週末から急に冷え込んできて
久しぶりにレッグウォーマーが登場。
前回のシン・インテグレーションのセッションから3週間近くたって
身体の方も、だいぶそのバランスに馴染んできたようだ。
全体的にはとても扱いやすい感じだ。
立ち仕事の負担の蓄積で
大内転筋の恥骨と坐骨結節寄りに感じていたもたつき感は
先日のセッションでリリースして戴いたり
その後、仕事中はやはりCW-Xで負担の軽減を図っていることもあって
すっかり収まっているのだが
膝に近い側はまだその影響が残っているようで
膝に捻れがある状態で体重がかかるようなエクササイズなど
いくつかのエクササイズは、今の状態の身体には負担になるようなので
レッスン前に先生にお話させて頂いて
当面、負担になりそうなものは、やめておいたり
あるいは膝に負担がかからないような形に自分で置き換えてやったり
4番と5番のグランプリエはドゥミ・プリエにさせて戴く事にした。
それだけを避けておけば、あとは何ら問題無く動けるようだ。

少し、バランスが馴染んできたところで
今日はだいぶお直しをして戴いた。
フォンデュなどで片足のプリエになる時の
体幹や尾骨の感覚も
「あ、こういう感じかぁ」と割と素直に身体に入っていく感じだった。

何となく、今は刷り込みやすい時期であるように思えるので
なるべく、動きに追われないシンプルめなレッスンをしたいなと思う。
お休みの振り替えのレッスン、
一度、入門のクラスにお邪魔させて頂こうかな。

【自分の時間、他人の時間】

友人と話をしていて
以前読んだ「千円札は拾うな」という本に載っていた
こんな一節を、ふと思い出した。

自分の時間に価値があると思っている人は、
時間を得るための出費は惜しまないし、
他人の時間も貴重なものとして尊重する。

他人の時間を奪う人というのは、相談されるよりするほうが多かったり、
自分の都合で相手を振回したり、
他人に助けてもらうことで人生の収支をまかなっているような人のことである。

例えば、セッションやレッスンの予約を入れるという行為
そういう時に、相手、あるいは、その時間や機会を得たいかもしれない誰か
「他人の時間」に配慮できるような振る舞いの中に
「美」のレッスンの第一歩はあるのではないだろうか。
「キャンセル料が発生する前までに調整すれば良いから、とりあえず押さえておこう。」
というところから始まった振る舞いの延長線上に
どんな「美」も育まれないように思う。
そういうところから、優美な振る舞いを心がけたいものだ…と自戒をこめて^^;

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October 15, 2009

Ballet:Lesson Notes #94

まとめモードで(笑)

【レッスン】
先日の小川先生のセッション以降では2回目のレッスン。
前回よりバランスが馴染んできた感じがあったが
先生もそう感じておられたようで
「仕事の後じゃないみたい」と仰っていらした。
実際には、前回のレッスンの時も
だいぶスルッとして見えると仰ってはいらしたのだが
その状態が自分の中で馴染むのに
やはり1週間程度必要だったのかもしれない。

月曜は休日で、先日の台風の振り替えレッスンもあったのだけれど
私はいろいろ家のこともあったり
また次の週末に舞台を観に行ったりもするので
その日は出かけなかったのだが
その代わりにゆっくり時間をかけて
ドゥミ・プリエとルルヴェを繰り返してチューニングもしたので
それも良かったのかなと思う。

【ContemporaryDance】
今週は久々に、コンテのレッスンにも行った。
今回は結構激しくて速い動きで
オフバランスで回ったり
アントルシャ・サンクで跳んだかと思えば
フロアを転がったり?
両手をついたところから
倒立する時みたいに片足を天井の方に
バットマンするように蹴り上げて
もう一方の足でインパッセするような
うーん、例えて言うなら
瞬間的にしゃちほこポーズとでもいうか(笑)
アップダウンがはっきりしていたり
頭が足より低くなるような動きがめまぐるしく混じるので
バレエのレッスンには無いバランスで動くのは難しかったけれど、
少し慣れてきて、アームスの助けをうまく使いながら
バランスを保つコツが掴めてくると
いろいろな軸を体感できるようで楽しかった。

バレエのクラスの、最初のエクササイズの時間に
たまにパラレルの4番で立位体前屈をして
前になった方の足首を反対側の手で掴み
もう一方の手は天井の方に上げながら
上半身を可能な限り捻っていったところでバランスを保ち
更に重心を前の足のつま先のほう⇔後ろの足の踵の方と
移動させるような感じで
どういう姿勢、あるいは頭や手足の位置関係でも
自分の軸を失わないで保つようなエクササイズをすることがあって
今回の振りの中では
その訓練が役立っているなと実感した。

翌日は、やはり体幹や腕が若干筋肉痛(爆)

【薔薇】
今週もイングリッシュ・アイズが咲いている。
気候のせいなのか、花びらのふちが少し紅がさしているような。
週末にかけてはマルシェルブが開花しそう。
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October 05, 2009

Ballet:Lesson Notes #93

【想い出】

例えるなら、
ポケットにしまい込んだまま失くしてしまった大切なピアスの片割れを
長い長い時を経て、見つけ
それでも幾分古びて、今の自分にはもうそぐわないその片割れを
切なさとも、懐かしさとも、哀しさともつかないような想いで眺めながら
それを引き出しにしまい込むかのような出来事があった。

失ったものを数えるより
過ぎていった時間を振り返るより
めぐり合った幸いを抱きしめて生きたい
そう思う心は変わらない。

けれど、それを慈しんで過ごした日々が
今一たびだけ鮮やかに再生されたような出来事は
無くしたわだかまりを、ひっそりと欠片として抱え込んだまま
鍵をかけて封印していた心を、
その儚さ故に静かに揺さぶり、
振り続ける雨の中に解き放った。

【レッスン】

長い長い時間、どこかで手放せなかったものが
この秋の空に消えてしまったような虚脱感を抱えた心には
いつもと変わらぬ時間や、人との関わりがそこにあることが
何よりのグラウディングのように思える。

無心に身体に向き合うひと時は
どんな瞑想よりも、今ここの自分に、世界に
確かな手触りを与え
静寂を運んできてくれる。
バレエがあることで、これまでどれだけ救われてきただろうと
ふと思いながらプリエをする。
そんな心に寄り添うように
身体もまた、いらないものがひとつ抜け落ちたような
通りの良さで応えてくれるように感じられた。

「スピリット」とは、あなたであり、あなたになるものである。何度も何度も、今、ここで、いつも、すでに。
ケン・ウィルバー 『ワン・テイスト』

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October 03, 2009

 Ballet:Lesson Notes #92

【読書】
週末、一通り読んだ「これがボディワークだ―進化するロルフィング
今週は通勤のお供にもしながら、精読させて頂いた。

身体教育(somatic education)の章は
特に、このところずっと自分が抱えているテーマのようなものと
通ずる面が多く、付箋と赤ラインだらけになってしまった(笑)

ケン・ウィルバーの著書の数々やら
ナムカイ・ノルブの「ゾクチェンの教え」やら
このところずっと多読傾向できたけれど
「生まれては消えていく絶えざる思考の流れとしての心(私)を眺めつつ
でも、それをジャッジしたり、翻弄されたりせず
透明な観察状態の中で初めて生じる気付きや受容
それによって、内側から変わり、動き始める何か」
それに響きあうものを読み取ろうとしていたのかもしれない。

そして、漠然と広がりすぎてしまった関心と
それによって散らかった思考を
この本を読むことを通じて、今一度整理し
微かに捉え始めた、その何かに
体験のレベルで、どう取り組んでいこうかというところに
シフト・チェンジさせて頂いたようにも思う。

次回、「Kinesphere」 がテーマのセッションが
更に楽しみになってきた。

【CoolBallet】
前日、仕事中からちょっと喉が痛いなと感じたり
おまけに調べ物があって、つい夜更かししてしまったので
少し気をつけないといけないな…と思っていた。

その旨お話して、まずホメオパシーのレメディを頂いてからリラクゼーション。
やはり、この日は強い浄化力のあるフランキンセンスのお香に
自分自身がいつも以上に響きあっていくのが感じられた。
いつも、受身で「気」の心地よさを味わうばかりだったが
この時は自分の中心からも
その「気」の響きに調和していきたくなる衝動のようなものがあり
眉間がずっと疼き続けているような感覚が印象的だった。
秋雨の降り注ぐ、アンニュイな午後の光に寄り添うように
生じてくる動きも、フロアから余り離れず
膝や脚を休ませながらも関節を大きく動かすようなものが多かった。
後に、長谷川先生が
「坐ったままアダジオを踊っているような」と表現されていたが
確かにそんな感じだったと思う。
一面真っ白な世界の中で
煌く純白の細かい砂と戯れているようなイメージの浮かぶ中
永遠にそこに留まり続けていたくなるような
心地よいひと時を通じて
喉の違和感も、耳の下のちょっとしたコリコリもすっかり消え
立ち仕事で蓄積した、足腰の負担も
全身の関節の詰まりも、全てリセットされたような
ニュートラル感が広がっていった。

バーレッスンは、この日は両手バー。
そして、若干のセンターでのエクササイズ。
プリエやタンジュ、カンブレ、ロン・ドゥ・ジャンブ、ポール・ド・ブラの
全ての瞬間を味わい、
この10月の柔らかな雨のように
丁寧に自分の身体にしみこませていく様な時間だった。

【レッスン】
その後、少し時間を置いていつものクラスレッスンへ。
神経はまったり緩んでいるけれど
身体の中心は目覚めているような
リラックスと覚醒が程よく同居したような状態で
自分の身体の状態がとてもよく感じ取れるようだった。

こういう響きの良いとき
言い換えれば、
身体は覚醒していても
意識がまったりと、受容の状態にあるような時だは
先生の仰ることを自分の感覚の言語と
繋ぎ合わせていく過程がとてもスムーズになる。
面白いもので、先生がある部位を「使う」と表現されることが
私の中では違う部位を「解放」することで
よりスムーズに体現されていくような事が結構あり
それが体現されて初めて
先生が「使う」と仰っていらしたことの意味というか、感覚を
違う角度や、言葉や、文節で捉えなおして
身体がそれを理解することがある。

来年の舞台の日程も決まり
また、次の機会に向けて少しずつ色々な事が動き始めている。

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September 28, 2009

Ballet:Lesson Notes #91

来週、小川先生のシン・インテグレーションのセッションを
受けさせて頂く予定なので
このところは、ちょっと意識的に
自分の感覚や生じる動きをモニターしている。

ちょっとしたことだが「好ましくない反射」のようなものが起きるのは
どういう時で、どのように出て、それは何故か
ということを、自己分析するような感じで。
もともと、この分析癖がある意味では調和を阻んでもいるのだろうが
面白いもので、それを「修正しよう」とせずに
ただ、観照しているように捉えていると
それが生じ始めても、気付いたことで
割とすぐに身体が勝手に修正していくような印象がある。

意識が邪魔をするから、なるべく意識を手放すことを
ずっと試みてきたわけだけれど
自分をある価値観でもって変えようとして持つ意識では
ある種の抵抗や、葛藤が生じるようなものが
ただ、注意を向けることに留まるような意識だと
そういう、癖になっていて、割とすぐに修正可能でありつつも生じやすい反応のようなものは
余り反発せずにスッと消えていくもののようでもあり
面白いなと思った。

タイミング的には、動き始めようとする瞬間には
肩甲骨間を縮め、若干肘を引寄せたくなるような衝動が
もう、微かだけれどすでに生じている。
特に苦手意識のある動きや姿勢をとろうとするとき。
たいてい、その出始めの瞬間に、一瞬視線が落ちる。
多分、何かを確かめるべく
自分の内側の感覚にスッと入り込んでしまうのかもしれないが
そうなることで、それまで空間との繋がりの中で
感じていたスペース感のようなものも
キュッと内側に縮まってしまう。

何故なのかなと考えると
そうして反射的に縮めようとしている部位というのは
多分、それは長い年月の間
腰を境に上下に分断されていたような
繋がりのない身体で過ごしていた私が
上半身を支える拠りどころにしていたところで
常に働いていた、優位に生じやすい
回路みたいなものなのかもしれないなと思った。

無意識に生じていることを
取り除こうとするのではなく、
とりあえず、そのプロセスの始まりに
なるべく光をあてていくことと
その部位を操作しようとせず
視線というか視界にちょっと注意を向けてみることとか
(表情筋のちょっとした変化でも、案外響くかもという気がする)
あとは、その反応の生じ始めやすい動作の
実際に動き出す直前までの部分だけを
ちょっと注意深くトレースしてみるのもいいかもしれない…
なんてことを、感じたレッスンだった。

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