寄り添うこころとからだ
今朝は『雑念する「からだ」』さんのブログを拝見(拝聴)。
『碧厳録をワークする』という講義録で語られていることに、
とても居心地の良さを感じながら
緩やかな一日が始まった。
『碧厳録』や『碧厳ところどころ』についての解説も
学ぶこと、感じることが多々あったが
特に『碧厳録をワークする3』の後半部分は
ああ、そうだよね・・・と共感を覚えながら
何度も繰り返して聴いてしまった。
そして、これが文字ではなく
音声だから、また良いのだと思う。
同じ内容を、視覚的に触れていたら
もう少し心から遠いところで受け止めてしまったかもしれないところを
目を閉じて聴いていると
それこそ、いまここの自分を感じながら
語られていることと、それに響きあう心を
タイムラグ無しに味わえるというか。
お声を拝聴したのはこれが初めてだが
不思議なもので、そのお声や語り口は
文章に触れてイメージしていた通りで
初めて聴いた気がしなかった。
お会いしたことも無いのに、勝手な印象で恐縮だが
身体と心が適度に緩んでいる方の声だなと感じた。
だから、聴いていても居心地が良く
響いてくるのだろう。
この後のワークで、どのようなことが行われたのか
とても興味深いが(楽しそう!)
心引かれたところに身体が動くということを
自分の身近な体験の中で考えてもみた。
多分、CoolBalletで気まま(まさに『気のまま』かもしれない)に踊っている時
というのが一番心と動きのタイムラグが無いように感じる。
全くの無意識でもなければ
でも、何らかの評価や思考に囚われることも無く
身体が、動きが、その瞬間の心とぴったりと寄り添う時間で
そういう中で、吐露すべきものは吐露され
変わろうとせずとも変化は自然に起こっているものなのだろう。
そして、それが浸透するにつれ
その場や時を離れたところでも
鼓動し得るものになっていくのかもしれない。
今、ある程度の間を置いているけれど
むしろ、その間の中で生き続けている鼓動をクリアに感じる。
過ぎた時間の体験にしがみつくのでも
次に訪れる体験に心が飛んでいってしまうのでもなく
それが日常のどんなシーンでも
瞬間ごとの私のベースにあるような
近しさとして。
【薔薇】
ブルーリボンにも蕾の気配。
こんなに寒くても、いのちの中で
春はそのステップを踏み続けている。






























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