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October 21, 2009

映画、そして薔薇

【映画】

今日は友人と「パリ・オペラ座のすべて」を観にBunkamuraへ行ってきた。
160分のドキュメンタリーで
古典ではくるみやパキータ、コンテの作品も多く取り上げられていて
美しいコラージュのようなオペラ座のバックステージを堪能した。

お正月の「ベジャール、そしてバレエはつづく」の前売り券も買ってきたので
それも楽しみだ。

【薔薇】
今日もマルシェルブが窓辺を華やかな表情で彩ってくれている。
マルシェルブは、蕾が膨らみ始めてから開花までに時間がかかるが
長く咲き続けてくれるので
次第に華やかさを増していく姿をゆっくりと楽しませてくれる。

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そして、もうひとつ
「名前は内緒」ということで贈っていただいたから
何が咲くかがわからないミニ薔薇が先日から仲間入りしたので、それも楽しみ。
楽しみが日々膨らんでいくような素敵な「内緒」をありがとう。


【知足安分】
求め、見届けることを走り続けるエネルギーの源のように過ごしてきたけれど
どこかで「知足安分」のような境地のようなものも
重なり始めているような気がする。
それ自体は、とても穏やかで豊かな想いを齎してくれているけれど
自分のモチベーションの置き所が
何か根本から変わっていくような戸惑いも少々感じてはいる。

このところ、何故かずっと本が読めない。
習慣で、それでも何かしら持ち歩いてはしまうのだが
それが自然であれ、音楽であれ、香りであれ
あるいは小さなクリスタルの中に広がるスペクトラムであれ
思考を介さずに響いてくるものだけに
多分、今の私の感受性は開かれているようにも思える。
また、インプットの時期が訪れるのかもしれないが
今は感じること、
そして体験や知識を整理していくことを
自分自身が必要としているのだろう。
たまたま、実際に整理してまとめる必要があるようなご依頼を頂いていて
今の自分の状況にそれがシンクロするのも
やはりご縁というものなのかもしれない。

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October 18, 2009

千夜一夜物語

日曜日はティアラこうとうで「オーケストラwithバレエ」を観た。
今回は千夜一夜物語がテーマで
一部はオケのみで「ホヴァンシチナ前奏曲」と「ダッタン人の踊り」
二部がオケとバレエが共に舞台上で共演する
千夜一夜物語から4つの作品で構成されていた。
音楽はシェエラザード…好きな曲で、久しぶりに生演奏を聴いた気がする。

黄凱さんの踊りのシーンがもっと観たかった…^^;のが
ちょっと残念だったり
シティの舞台はよく観るせいか
どうしても、あ、この衣裳はあの作品の^^;…という
違う作品の記憶が重なってイメージされてしまったりもしたけれど
志賀さんのしなやかで伸びやかな動きを堪能したり
お茶目なアリババと指揮の飯守さんのちょっとしたやり取りに笑ったり
総じては楽しい舞台だった。

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September 19, 2009

「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」展

上野の森美術館で今日から開催されている
聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」展に行ってきた。

連休初日で、展示も初日とあって混雑するかと思っていたが
電車も思ったより空いていたし
午前中だったせいか、美術館もまだそれほど人は多くなかった。

惹きつけられて、思わず長い時間立ち止まってしまったのは
アヴァドゥーティパ坐像
カーラチャクラ父母仏立像
そして四部医典タンカの一部
樹木比喩図、チベット医師マンダラ図
中毒関連図、人体骨格図、四部医典継承図。

図録の解説によると「アヴァドゥーティパ」とは
「(二辺、すなわち両極端への執着が)払い去られたもの」
あるいは
「アヴァドゥーティ(瞑想法において身体のチャクラをつなぐ中央脈管)のあるもの」
を意味するそうだ。
また、カーラチャクラ父母仏立像については
方便(慈悲)の象徴である男尊(父)と
空の智慧(般若)の象徴である女尊(母)が抱き合うこの種の父母仏は
2人の合一によって到達できる悟りの世界を象徴している
とあった。
四部医典タンカとは、
チベットの医学書「四部医典」を図解したもので80枚の掛図があるそうだ。

この展覧会の開催については、
いろいろと抗議行動もあるのは知っていたし
私自身も考えるところはあるけれど
高度な密教美術に間近に接し、その荘厳な美を通じて
断片的にでもチベットに触れることができるという機会自体は
やはり、とても貴重な体験だった。
けれど、そこに近代史や現状についての記述が記されていないことが
むしろ、その沈黙の向こう側にある背景をくっきりと浮き立たせてくるようにも思え
書かれていないことと
その空白からにじみ出てくるようなチベットの人々の想いにも
同時に触れたようでもあり、複雑な心境になった1日だった。

参考:
http://tibet-artforum.com/
http://rfuj.net/news_2009_tibet_ueno.php

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July 19, 2009

ロミオとジュリエット/東京シティバレエ団

【ロミオとジュリエット/東京シティバレエ団】

土曜日はちょっと用事があって
出勤日と同じような時間帯に家を出て^^;
その後、東京シティバレエ団の「ロミオとジュリエット」を観に行った。
中島先生振付の創作、2幕構成の作品で
この人のロミオが観たかった(笑)…という黄凱さんと
ジュリエットは橘るみさん。

この作品の構成と、
ホール(オケピット)のスケールに合わせた
編曲・指揮の福田一雄氏のオーケストレーションがあって
上演が実現したとのこと。

舞台美術は、シンプルだけれど
装置の動きと光を効果的に用いたクールモダンなテイストで
これは、同バレエ団の同じ中島先生の作品「カルメン」の
流れをくむ演出であるように思われるが
それが限られた空間に、奥行きと広がりを持たせ
ストーリーの展開や、各キャラクターの心情を象徴し
引き立たせながら
ドラマティックな効果を醸し出していた。

Contemporary的な味わいの中でも
情感を失わない絶妙なバランスの振付の中で
運命に翻弄されるロミオとジュリエットを
主役のお二方が好演なさっていて
バルコニーのシーンの段階で
そのひたむきな恋人たちの心の抑揚が
観ている側の心に響くほどに
彼らの運命に待ち受けているものとの
喜びの光と悲しみの影のコントラストが魂を揺さぶり
内側からこみ上げてくるものと共に
零れ落ちる涙が止まらなかった。

一部衣裳に、ちょっと残念な感もあったし
この作品なら、もっと大胆に装飾を廃した
シンプルでモダンなものであれば
もっと、バランスが良かったのではないかと思ったりもしたが
そこはきっと予算の問題もあるのだろうし^^;
それを差し引いても、
近年みた舞台の中で
もっとも心を揺り動かし、その世界に惹きこまれた
ただ、「観ている」のではない
まさに「その世界を体験した」と呼べるような
感動を味わった舞台だった。

上質な感動は、心を浄化し
その余韻はどこか、いつまでも
私自身の中の生命エネルギーのようなものを
活性化してくれているようでもある。
そんな全身全霊に響くような感動体験をありがとう。
Bravo!

その後、知人たちと食事に出かけ
かなり遅い帰宅となって
前日の長い一日の疲れはあったものの
何かいろいろな意味で潤いに満たされたような
目覚めを迎えた翌朝。
サー・フレデリック・アシュトンが
心地よいけだるさに寄り添うように
美しく花開いていた。

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May 18, 2009

Ballet:Lesson Notes #61

【舞台鑑賞】
日曜は東京シティバレエ団のラフィネ・バレエコンサートを観に行った。
一部はパキータ、2部は10分程度の創作3本立て
3部に石井先生の作品という構成で
古典から創作まで
そしてベテランと新しい世代のコリオグラフとを
同時に楽しめる舞台だった。

黄凱さんと志賀育恵さんの共演するパキータは初めて観たのだが
黄凱さんは以前、関本さんと踊ったパキータを観ていたので
その頃とはまた違った落ち着きのある存在感が印象的で
志賀さんの正確で切れの良い踊りも観ていて気持ちが良かった。

それから、同じく志賀さんが踊られた
若手の小林洋壱さんの創作作品も
細かいところまで緻密に計算して
振り付けを編み出していったのだろうなと感じられる流れの良さが
志賀さんのしなやかな動きや
美しいラインとよく調和して
以前、小林さんの作品を拝見した時より
ずっと洗練されてきているように思った。

そして、黄凱さんと橘るみさんの踊った
中島先生振り付けのロミジュリは
難易度の高そうな振り付けの中でも
それに追い立てられることなく、漂う情緒がありながら
高ぶりを見せていく想いが現れていて素敵で
7月のロミジュリの公演に向けて期待感も高まった。

【レッスン】
土曜日は少々印刷物を作る仕事で遅くなって
日曜も早朝から出かける用事があったり
公演後もみんなでワイワイとタイ料理を食べに行ったりして
ちょっと遅くなったので
何となく睡眠不足のけだるさも残る月曜日。
それでも、今週は月曜と金曜のレッスンのみなので
やはり身体を動かしておきたかったし
「頑張れ、自分^^;」と自らを励ましつつレッスンへ。

疲れとはいっても、仕事の後とは違うので
それでも、最初のエクササイズで身体を動かすうちに
だるさや眠気は解消してくる。

金曜日みたいにまとまりは良くなかったが
それでも、時折左手バーの時の
バー側の半身?がしっかり繋がって立っているか
時折、チェックしながらバーレッスンをした。
以前は床から押し返されたムーヴメントの抜け方とでもいうのか
足元から頭頂までを下から積み上げていくような感覚をガイドにしていたのだが
今はそれよりもバー側の脇のラインや
バー側のアームスを幾分強めに保つことに少し意識を向けると
自然と中心軸に乗っていきやすいようだし
動作足側もそれに連動してクロスしたラインに入ってきやすいようだ。

センターは、スイッチを切り替えて
余りあれこれ考えずに
できる限り身体の動きに委ねるように踊る。
それでも、バーの中で少し意識的に感覚を捉えた
脇のラインの存在感のようなものの余韻は身体に残っているようだった。

グランワルツの後に、全員で円になってブレのエクササイズ
今日はアームスは少々「瀕死の白鳥」風
先生曰く・・・
「うちの発表会でもタイトル変えればやれるかもね・・・『必死の白鳥』にsmile
全員爆笑しつつ
「確かにそのタイトルなら見た人が納得するかも(笑)」という声も( ̄▽ ̄;)

【スクールリスト】
試験前の勉強の追い込みや、
その後、ちょっと抱えている雑用のあれこれもあったので
2週間ほどスクールリストの新規掲載・更新の作業を
お休みさせて頂いていたが、今日やっと更新。

お待たせしてしまった皆様、申し訳ありませんm(_ _)m

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March 07, 2009

Ballet:Lesson Notes #44

【CoolBallet】
降りしきる雨、
でもそれがどこか柔らかく心を潤してくれるように感じながら
怪我して以来、初めてのレッスンへ。

改めて先日のお礼をした。
今日は身体が動きたいと感じたら
心配しないで動いていいですよと仰って頂いた。

リラクゼーションの時間、心地よい気感の中ですぐに身体が反応しはじめる。
腕や肩の関節や肩甲骨間を伸ばすような動きから
次第に脚へと動きは広がっていく。
自然と起き上がって、上体を何かのうねりの中に委ねるような感じで
気がついたら開脚の側屈のような感じから前屈
そのまま側屈してその流れの中でスプリットになるような
途切れの無い、とても滑らかさのある動きで必要なストレッチがなされていくようだった。
そんな風なストレッチはここ暫く全くしていなかったし
何かしらのウォーミングアップをした訳でもないのに
何の硬さも滞りも無く、伸ばしたい衝動に身体が応えていくような
独特な心地よさがあって新鮮だった。
結局、その流れの中で立ち上がり
目を閉じたまま、身体の求めに委ねるような感じで
まる3曲分、即興で踊ってしまった自分が居た。

こんな風に書くと、何やら怪しい感じかもしれないが(笑)
そんなオカルトチックなことではなくて
自分が何をしているかっていう意識はきちんとありつつ
でも、どんな風に身体を使って、どんな振りで・・・とも考えず
あらゆる「価値観」みたいなものから解放されて
ごく自然の成り行きの中で
「踊る」ということに純粋に触れたようなひと時で
おそらく目を閉じていても空間は捉えているのか
不思議と動き回っても周囲のものにぶつかることも無い。
初めてのことでありながら
どこか懐かしいような感覚すら伴う
何かのスイッチが切り替わったような自分と出会って
その響きを心身全体で味わうような体験だった。

長谷川先生のBravo!の声に、ハッと我に返った時には
何とも表現し難い充実感みたいなものの中に
佇んでいる自分が居て
その余韻はその後もずっと自分の中で響き続けていた。

人によって、純粋にクラシック・バレエのパで動く人もいれば
出てくる動きは様々で、そこにその人の本質的なものも出てくるようだと仰る。
私の場合はやはり純然たるバレエのパではなくて
バレエとコンテの境界線みたいなところで踊っていて
自分が本来どういう踊りが踊りたいのかに
改めて気付かされたような気がした。
私のためにと考えて下さっている作品は
この日自分が好き勝手に踊った(笑)ものとも添うものだと思うと仰っていらして
いつか長谷川先生の作品を踊れるような機会が持てたら
もう思い残す事は無いかもしれないなとさえ思った(笑)

私にとって、この2週間は
すごく良いインターバルになったように思う。
来週からクラスレッスンにも復帰するつもりだ。

【クラウドゲイト】
その後、楽しみにしていたクラウドゲイト・ダンスシアターの公演へ。
一部はちょっと単調に感じられたが
休憩を挟んでの2部・3部は
「観に来て良かった~♪」と心底感じられる舞台だったし
それを受け止める自分も
何だかちょっといつもと違うような
見ているというより、
身体に響いてくるもの、感じるものとして
全身全霊でそれに触れているような感覚が印象的だった。

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December 24, 2008

Ballet:Lesson Notes #25

週末はまたあれこれと雑用はあったものの
車を定期点検に出しに行った以外は
ずっと家にはいたので、身体は休められたし
珍しく^^;早めに年賀状を出す事もできて
ひとつ年末の宿題が片付いたような安堵感も。
 
週始めのレッスンでは治療の後の身体も、
しっくり馴染んだ感があり
ニュートラルな身体の響きを感じ取りながら
動く事を楽しんだひと時だった。
年内のレッスンもあと2回だけなんだなと思いつつ
舞台のあれこれで飛び回っていた時期から
まだ、そんなに時が経ったのが信じられないくらい
あっという間に過ぎていったようにも思える。
 
23日は、東京シティバレエ団の「くるみ割り人形」を観に
ティアラこうとうへ。
何やらバタバタとした年末で
家事も仕事もいろいろしなければならないことに追われる日々の中で
ちょっと俗世を離れて(笑)
クリスマスの気分に浸ることができて
志賀さんの伸びやかなクララや
黄凱さんのコクリューシュ王子の流麗な動きが、
観ていてとても心地よかった。
姿形の美しさというのももちろんあるのだろうが
舞台客席という空間の中に
ダンサーから放たれる何かを感じ取る事が出来て
それがバイブレーションのように
見ている側の内側にまで波及してくるような舞に触れると
何やら日々の疲れやストレスも
その波で浄化されるような気がしてくる。
 
終演後は知人たちとちょっとした食事会があって
この9月に生まれた生後3ヶ月の赤ちゃんを
抱っこさせてもらったりして
すっかり孫を見るような感覚で(爆)
その健やかな感触を楽しませて貰った。
自分が育児中は、可愛いとはいえ
それなりに大変ではあったし
親としての責任のようなものも
やはりどこかでプレッシャーとしてあったのだろうし
そうそう育児を楽しむといった余裕も無かったが(笑)
この歳になって触れると
その無垢な生命の美しさみたいなものに包まれて
何とも幸せな気分になる。
 
育児といえば、
「雑念するからだ」というブログを
拝見していたら、その中で「平凡な場」という記事がUPされていた。
渦中では、気負わずにと言われても
なかなか難しいものかもしれないが
でも、やはり
個々の個性や理想どおりには運ばないということを引き受けながら
ゆるく寄り添っていくようなスタンスって大事だと思うし
育児とは子どもという存在を通じて
自分自身も含めた「あるがまま」を受け入れる
長い時間をかけた「育自」でもあるのだと
我が身を振り返りながらも思う。
心身が健やかに育つ事を支えたり
最低限、社会の中で幸せに生きていけるような躾は
もちろん必要だけれど
親や周囲の欲目や頑なな理想でもなく
この子はこういう子・・・という大人の一方的な
個性のラベリングでもなく
どれだけ邪魔をせず、偏りの無い受け止め方で
そのあるがままの存在そのものを引き受けながら
寄り添っていけるか。
 
肩の力をふっと抜いて、共感したり
あるいは違う視点に触れたりすることで
親子の関係を、ちょっと引いたところから眺められるような
「縁側」的な場というのが
現代の社会では不足しがちなのかもしれない。

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November 09, 2008

Ballet:Lesson Notes #10

【CoolBallet】
暦の上では、もう冬。
朝晩はだいぶ冷え込むようになってきたが
午後の陽が燦々と差し込むこの日のレッスンでは
リラグゼーションでフロアに横たわっていても
太陽のブランケットに包み込まれたような
心地よい温もりとともに
この1週間の疲れが溶け出していくように感じられた。

こうして、フロアに仰向けになって
自分の内側の感覚を味わっていると
床と自分の身体の接点の感触でも
その日の身体の状態がよく判ったり
脱力しているようでも
微かに残る緊張がある部分を感じたりする。
それを気功と、自らの呼吸とイメージで
丁寧に解いていくような時間は
自律神経系のバランスを整え
次にバーで、正しい動きを身体に味わわせていくための
感覚という土を柔らかく耕して
その根付きを良くするための準備をしているようなものかもしれない。

かれこれ、2年以上経つが
いったい、ここでどれだけの時間
ドゥミ・プリエを繰り返した事だろう。
一度のドゥミ・プリエにスローモーションのような時間をかけるから(笑)
通常のバレエ・レッスンに比べれば回数は少ないのかもしれないが
丁寧に時間をかけ、
その都度、身体の状態によって
適切なイメージの持ち方を導いて頂きながら
感覚を味わいながら重ねてきたレッスンは
一見単調な繰り返しの中に、
ドゥミ・プリエという動きで働き合う身体の内部の
実はとても複雑で繊細なコーディネーションを
様々な角度から眺めるようにして感じる
同じようでいて、一度として同じではない繰り返しで
それは、少しずつ、でも確実に
動きや身体を変えていく。

「洗練」という言葉があるが
この一度一度のプリエが
動きの中の過ぎたるものを洗い流し
複雑で繊細な感覚を新たに目覚めさせ、練り合わせ、浸透させていく
それは、技や操作というより
自分の意識の及ばない深いところで
根付いていってくれることを
祈るような時間であるようにも思う。

【レッスン】
仕事も忙しくなって
全く座ることなく立ち続ける時間が6時間を越す事があったり
だいぶ寒くなってきたせいもあってか
少し右足のハムストリングスの張りが出ているように感じる昨今。
また、痛みが出たりすると厄介なので^^;
バーレッスンの前のエクササイズの時間の
ストレッチ的な要素のある動きでは
少し慎重に身体を動かすようにしている。

冬の身体の目覚めさせ方は、
やはり夏の身体とは違う。
冷えや疲労があったりして
同じエクササイズの中でも
ちょっと張りが強く感じられるときは
余り動きを大きくせず
場合によっては、程ほどにテンションがかかったあたりで
ちょっと静止して
でも、内側は
短く吸って、深く、細く長く吐くゆったりした呼吸を
絶えず繰り返しながら
末端まで行き渡る呼吸の波と重力で内側がゆっくり緩んでくるのを
味わいながら待つような感じで
かなり、マイペースかもしれない^^;
でも、ストレッチ的な要素もあるが
このエクササイズの時間の中で
まず大事なのは身体の内部を緩めながら感じる事だと
私は思っている。
特に尾骨に意識を向けたり
尾骨の動きをきっかけにするものがいくつかあるので
骨盤底筋群の感覚を
その時間の中でしっかり目覚めさせ活性化させることができると
その後のバーレッスンの時の感覚が捉えやすくなったり
身体がまとめやすくなるので
特にそういった動きのときは
なるべくしっかりビジュアライズすることを大事にしている。

ビジュアライズといえば、
骨盤底筋群については、横からの図や
下からの図というのはよくあるのだが
大阪回生病院のサイトの
理学療法だより(日常生活動作の注意事項について)に掲載されている図は
上から眺めおろしたような視点の立体的なもので
とてもイメージが持ちやすい。
おそらく医学書院のプロメテウス解剖学アトラス (頚部/胸部/腹部・骨盤部)
なのではないかと思うが
次女が学校で使っていて
持ち歩くにはかなり重いので^^;
普段は家には無いから
今度、荷物の少ない日に持ち帰ってもらって
確認してみようと思う。

【雲門舞集】
3月に、またクラウドゲイト・ダンスシアターの来日公演があり、
チケットをGET♪
今回は「White」という2006年に制作された
3部構成の作品とのこと。
かなり以前、行草を観て以来なので
「“白”という色のバリエーションを、3つの異なるテイストで探求」という
リン・フアイミン氏の織り成す世界がどのようなものかが
今からとても楽しみだ。
音楽は
スティーヴン・スコット 「ミネルヴァの網」
アレックス・クライン 「火花のごとく舞い上がる」
権代敦彦 「終わりの始まり/終わりの後に」

自宅にあった、ドキュメンタリーと「流浪者之旅」を
久しぶりに観た。
その中のリン・ファイミン氏の談によれば
舞踊団の名前となっている「雲門」は
5千年の前の黄帝の時代に儀式として舞われた
中国最古の舞踊だそうで
舞踊自体がどういったものかの伝承は途絶え
名称だけが中国の礼書「周礼」に記載されていて
雲=踊り 門=威厳 を意味するそうだ。

【読書】
今週読んだのは
多田富雄「寡黙なる巨人
世界的な免疫学者であり、
能の脚本なども手がける方。
脳梗塞に倒れ、右半身不随となり、声を失った。

そこに綴られている闘病の日々は
「麻痺は動かないといった生易しい苦しみではないのだ」
という言葉の通り
ただ、想像の中でわが身と置き換えて考えてみただけでも
辛くなるようなものだった。
絶望の淵を彷徨いながらも
病苦と正対し、それを受け入れ
自らの中に目覚めた人格を「寡黙なる巨人」と名付け
生きる実感と喜びを見いだしていく。
そして、社会的な問題に憤りを感じ
文字通り命を懸けて闘っていらっしゃる。

氏の文章に最初に触れたのは
現代思想 2006年11月号 特集=リハビリテーション
「患者から見たリハビリテーション医学の理念」だったが
今回、この本を読んで改めて
麻痺やリハビリテーションについて
診療報酬改定など社会や国のあり方について
そして何より、生きるという事について
深く考えさせられた。
私には何ができるのだろう・・・
結局、ここで本を紹介させて頂く事と
理学療法士を目指す次女に
読むことを薦める事くらいしか思い浮かばなかった。

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July 19, 2008

踊りに心を紡いで

梅雨明けの土曜日、
次女と一緒に東京シティバレエ団の公演
「踊りに心を紡いで~ 石井清子舞踊生活70周年記念公演」へ。

今回は石井清子先生の舞踊生活70周年記念ということで
ホールのエントランス周辺は百花繚乱
花のプロムナードのようだった。

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最初の演目は「レ・シルフィード2008」
音楽はChopinで詩人と森の精とを描いた点では同じだが
フォーキンの作品ではなくオリジナル版で
古典作品のような詩人とソリストを中心として
コリフェやアンサンブルで構成された
シンメトリーな様式ではなく
次々と入れ替わる妖精たちと詩人とが戯れる様子が
同じ幻想的な設定でも
もっと軽やかにテンポ良く繰り広げられる
「動」の情景という感じで
それが、森を訪れた詩人の周囲を
心地よく抜けていく涼やかな風のようで
フォーキン版とは全く違った趣があって素敵だった。
妖精の衣裳も長い白のロマンティック・チュチュではなく
淡いグリーンやピンクが微妙に重なり合った
ティアードのチュニックタイプのもので(真夏の夜の夢で使われていた衣裳かな^^;)
部分的にちょっとお茶目な感じもある振付の
可愛らしいフェアリーの舞ととてもよくマッチしていた。
詩人は・・・やはり黄凱さん…っきゃない(笑)
涼やかな存在感と過不足の無い動きの美しさは
やはり絶品だった。
ちょっと残念だったのは衣裳かな・・・
白いシャツにグレーのベストとスラックスっぽい感じだったのだけれど
やはり、もう少し柔らかい質感のシャツとかの方が
空気感の微妙な揺らぎが感じられて
素敵なんじゃないかと感じた。

トークタイムを挟んで「剣の舞」
シルフィードとはガラッと変わった
力強い躍動感のある作品で
最後は「眠れる森のアレグロ・ヴィーヴォ」
これも古典の眠りがベースにはなっているものの
野坂公夫氏振付のモダンな作品で
石井先生がカラボス役を演じられたので
王子が登場してカラボスが倒されるところは抜きで
オーロラ、そして全てが眠りの世界に包まれるまでを
描いた作品だった。

そして、最後にはちょっとしたサプライズも。
2日公演で、まだもう1日あるので
ここではナイショ(笑)

舞台を見ていて
やはり私の印象に強く残ったのは
黄凱さんや関本美奈さんの踊りだったが
ハッと惹かれる何かを持っている人の踊りというのは
それがどんなに速い動きでも
あるいはゆったりした動きでも
その瞬間の動きだけでなく
目に見える手足だけでもなく
美しい軌跡の描く残像のようなものを…
言い換えれば、周囲に広がる目に見えない羽衣を
一連の動きの流れの中に纏っているように感じた。

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May 28, 2008

repetto 60 ans(レペット60周年記念イベント)

repetto60周年記念のイベント(カスタマイズ作品の展示)が
今日から6月15日まで催される。
その後にレッスンやリハがあるので、ちょっと迷ったけど
広いスペースでゆったりと鑑賞したかったので
初日の午前中にspiralへ。

受付で、ただでこんな立派なもの頂いてしまっていいのかしら…と
思う位の美しい図録を頂いた。
レペットお馴染みの
バレエシューズ(タウン用シューズもレッスン用のシューズもあり)やポアントに
ダンサーやコリオグラファー、デザイナー、女優、などなど
様々なアーティストが思い思いに創作したシューズや衣装が展示されている。
ネットの写真で見るだけではわからなかった
ハンドメイド感とでもいうのだろうか
アーティストそれぞれのカスタマイズ過程が見えてくるようでもあり
シューズやシンプルなチュチュ付のレオタードを素材に創作された
オリジナリティ溢れる作品たちを観るひと時はとても楽しかった。
時間がある時に、ゆっくり図録を眺めるのも楽しみだ。

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PIERRE HERMEに立ち寄って、マカロンもGet・・・幸せ♪(笑)

関連記事:Repetto & COMME des GARCONSのチュチュ

追記:

帰宅してから、改めて図録を見てみたが
これを頂けただけでも、何とか時間を工面した甲斐があったと
改めて思った(^^;)ゞ
アートとしての作品も素敵だけれど
フランスの女優、メラニー・ローランのカスタマイズ作品などは
タウンシューズとしても素敵だし
手持ちの白のサンドリヨンが古くなったら
ちょっとカスタマイズして遊んでみようかな・・・なんて思った(笑)

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