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December 10, 2007

12月10日のレッスン

入門のクラスの指導をしているMちゃんから
次の発表会の振付の参考にと
今から十数年前に私が初めてバレエで舞台に出た時の
ビデオを貸して欲しいと先週言われて^^;
「うげげ;;;そんな恐ろしいものの封印解いちゃうんですか~(爆)」
などと、言いつつも
もう時効でしょう^^;ってな気もして
いいわよー、探して持ってくる・・・
なーんて気安く請け負ったのは良いのだけど
帰宅して探してみたら・・・あれ?無い???
暫し、遠い昔の記憶を必死で呼び戻す。
で、やっと思い出した。
私、その時ビデオ買ってないんだった(^▽^;)
そんなこともすっかり忘れてしまうくらい
昔のことなのか・・・と、思わず遠い目になる(笑)
振付は、もうところどころしか覚えてないけど
なんだか、その時の照明とか舞台の上の空気とか
情景みたいなものは、まだ記憶に残っている。

実際、そうした映像を後から観るということが殆ど無いのだが
それより、リハだとかゲネだとかで
先生のダメ出しの声が入っていたり
本番までの経過が、全景で収録されているようなもので
その時一緒に踊った人とか、
舞台を迎えるまでの情景みたいなものが
感じられるようなものが
ちょっと残っていればいいかなとは思う。
その時の自分はどんな注意を受けていたのかなとか
そういうことは、ちょっと振り返ってみたい気もするから。

そんなこともあったせいだろうか
今日は昼間のクラスのレッスンで
まだ、誰もいないスタジオの掃除などしながら
こんな情景を、いつか懐かしく振り返る日が
来るのかな・・・などどぼんやり考えたりもした。
でも、慈しむ時間と場と人がいる
それを感じられる今があるということが
とても幸せなことに思えた。

なーんて、ちょっと感傷的に始まった1日ではあったが
ウォーミングアップに続くストレッチでは
ヨガ教室さながらの状況に(^▽^;)
バーから一歩下がって軽く開いたパラレルで
バーに掴まりコンストラクション・リリースの後
右手を離して、その手はバーを掴んでいる左手の真下あたりを目処に
なるべく遠くに延ばしながら着く
はい、今度は頭を左上に向けて
次に左手を離して、バーで右手を置いていたあたりを触る~
と、上半身捻り状態^^;
ありゃ、触れない・・・なんてモゾモゾやっていたら
先生が近付く気配^^;;;;
左手を持たれてぐにゅ~ん
「あら、いくじゃな~い(笑)」と涼しい顔の先生。
そうして引き伸ばされるのは
案外気持ち良かったりしたのだが
体勢を保っているのがちょっと大変だった。

続いては、両手をなるべく遠くについて
腰を伸ばして人間滑り台状態
はい、そのまま胸まで着けちゃう!
何だか、毎朝ジョンが伸びしてる時のスタイルみたいだな~
なんて思いつつ胸をつける。
着けたのはいいけど、そこから
普通の立位体前屈状態までもどってくるのが
よっこらしょだった^^;

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December 03, 2007

12月3日のレッスン

レッスンへ向かう途中
2km以上に渡って銀杏並木が続く街道がある。
この寒さと雨のせいだろうか
黄色く色づいた銀杏の葉が
一斉に散り始めて
黒く艶やかに広がる濡れたアスファルトの上に
金色の絨毯をしきつめたようで
信号待ちの僅かな時間にも
銀杏の葉が舞い落ちてくる。
ああ、冬なんだな…と実感した。

昼間のクラスのレッスンは
やはりどこか気持ちもゆったり臨める。
レッスン前の時間に移動式バーを準備している時
スタンドのひとつが、少しがたついていた。
持ち運んだり、倉庫に収納する際に
若干他のスタンドと重なり合ううちに
どうしてもネジ止めした部分に歪みが出てくる。
バーの下の方の立て付けを先生が調整すると
ピタッとスタンドが安定する。
「ほらね、下を直すと上も安定するの。人間と同じ(笑)」と先生
確かに(^▽^;)
「あー、なんだか(歪みのあるバーに)親しみを感じます(爆)」と
また、余計な一言をほざく私^^;
もっとも、土日を挟んで身体も休めたしし
その間、受験生の次女にハムストリングスや内転筋のリリースもさせて
(なんて親だ^^;)
人間の方の立て付けは
今日はそれほど悪くないようだったが(笑)

外から身体が立体的に見えるということは
自分の身体からすれば
身体そのものの感じ方ももちろんだけど
そこを通り過ぎて
自分の周りにある空間を感じるということでもあるんだよね
なんて、ウォーミングアップやバーレッスンの間
「360度同時に身体を意識していないと動けない」
という言葉に妙に納得しながら
いろいろな感じ方を模索してみる。
少なくとも、バーで動いている間は
以前に比べれば、感じる空間がだいぶ広がったように思うが
センターで動きが速くなったりして
パに追われ始めると
やはり、自分の感じる空間が狭まってくるなぁ^^;と自覚もするが
まあ、狭まっていることを自覚できるようになったのも
ある意味では進歩なのかもしれない(苦笑)

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November 28, 2007

11月27日・28日のレッスン

日曜日、舞台を観に行くまでの道中
持参した本は原初生命体としての人間 ― 野口体操の理論だった。
もう何回読んだことだろう。
でも数回読んだ程度で読んだつもりになれる本じゃない。
けれども、自分の身体に向かい合う中で
多くの示唆に富んだその言葉の中から
その時の自分の感覚にスッと響くものを
ほんの少しずつ見出しては
自分の感覚の言葉に照らし合わせたり
置き換えたりしながら
何度も何度も噛み締めてみる
そんな奥深い味わいに満ちている。
そして、同じ言葉でも
一昨年の自分、昨年の自分、そして今年の自分で
そこに感じる味わいは微妙に違い
多分味わい尽くすことは無いのだとも思う。
不思議なもので、
昨年も今頃の時期に、舞台を観に行く際に
同じ本を持参していることに今日になって気付いた^^;
読書にも何かそうしたリズムがあるのだろうか。

火曜日は残業が大幅に長引いて
20分くらい遅れてスタジオへ。
最初にウォーミングアップがあるから
何とかその終わりの頃には辿り着いて
バーレッスンには間に合った。
月曜も仕事が無かったから昼間のクラスには出たのだが
先週後半レッスンが無かったせいだろうか
何となく自分の中の感覚がまとまりきらなかった。
仕事から駆け込みのその日は
条件的には月曜日よりきついはずなのだけれど
感覚は素直に繋がっていってくれる感じだった。

自分が身体を動かしやすい
あるいはまとめやすいと感じる時
手足の動きの中心が
ちょうど腎臓の辺りに
体内のムーヴメントの流れの
Xの交点があるように感じられる。
その感覚がある時は
鳩尾もふっと安らぐような印象があって
丹田の辺りの充実感が
身体を持ち上げもし、安定もさせてくれるようだ。
そう、感じて
そういえば以前鈴木先生から
手足を使うとき。
その中心は腎臓。

というアドバイスを頂いたのを
3年近く経って思い出した。

当時もイメージとしては
何となく判ったような気もしていたが
今、自分の感覚からその言葉が蘇って
今更のように、ああ、そうか・・・と思う。
ひとつの外に結んだ像だったイメージが
長い時間を経て自分の中で感覚として実を結ぶ
そうして、少しずつ
私は私の身体と出会っていくのだと感じた。

水曜日はCoolBalletのレッスンへ。
今日は外気功の時間を長めにして下さった。
立ち仕事の影響や、バランスが変わる過程で
どうしても負荷がかかるのか
内腿の深部で一本細い筋がピーンと張ったような感じが
暫く仕事が無いと減少してくるのが
また仕事に出ると張ってくるという感じで^^;
悪化もしない変わりに
なかなかスッキリ消えてもくれないのが悩みの種なのだが
意識が落ちそうで落ちない際のところまで
深くリラグゼーションした状態が続いて暫く経った頃に
まるで捻れて硬く縮んでいたゴムが
ふっと緩み解けるように左足がピクンと反応して
自分でもいったい何が起こったのかとちょっと驚くが
驚いた頃には「一本細い筋がピーンと張ったような感じ」が消えていて
内転筋だけでなく、膝や脹脛や足首、足裏を通ってつま先までが
内側で牽引されている何かから解放されたような心地よさがあった。

そして、すっかりリラグゼーションした状態から
フロアでのドゥミ・プリエとポール・ド・ブラを繰り返しつつ
身体を目覚めさせていく。
床と触れ合う部分の感覚を感じ取りながら
体幹から手足を動かしていく
立体的になっていくボディの感覚と解放された関節
動きの中で自分の中のXのムーヴメントが
内側から帆を張るように身体をまとめ、形作っていくようだ。

その後、センターで2番と1番のドゥミ・プリエを繰り返す。
脚とアームスと体幹と視線とが調和しながら
丁寧に動きを繰り返す中で
何かに突き上げられ、細く絞られるようにまとまっていく感覚が
いつも以上に心地よく感じられた。

続いて、バーでアンクロワのタンジュとカンブレ
最後に短いインプロを踊って終了。

普段お稽古しているお教室の先生にも
先日、ずいぶん身体が真っすぐになったわねと仰って頂いたが
今日もずいぶん身体が引き締まってきましたねと
仰っていただいた。
確かに、秋になった辺りから
また微妙に身体のラインが変わり始めているのは
感じてはいたけれど
ちゃんと見える形でよい変化が起きているなら
今、私が感じていることの方向性は
正しい方向に向かっていると思ってもいいのかなと
ちょっと安堵するような気持ちになった。

帰り道、歩きながら
軽くなった身体、その居心地の良さを
色々な角度から眺めてみる。
いや、味わってみるといった方が良いのだろうか。
そして、そのイメージを描写するように
心の中で言葉にしてみる。
こうして、ブログに書くためには
ある程度は読んだ人に伝えること・・・という面も
考えなければならないけれど
それ以前の段階で、
すでに自分の中に長年刷り込まれた居方や動きに
その新鮮な感覚が引き戻されてしまう前に
私は私のために
感覚という形の無いものに
私なりの言葉という形を与えておくということを
結構している。
それは、自分だけがそこから
その時のイメージや感覚を呼び戻すヒントとして
役目を果たせばよいので
そのまま書いたら、きっと他の人が読んでも
皆目訳がわからない表現かもしれないし(笑)
ある程度まとめたつもりのここの文章だって
実は似たようなものかもしれないが(爆)

でも、そういう自分の感覚の言葉というのを
自分の中で創造してみることも
あるいは、バレエの世界の中で一般的に使われている
「引き上げ」という便利なようでいて
ある種偏ったイメージに陥りやすい既成の言葉というものから
少し離れてみることも
新しい感覚や動きを身につけていく過程では
結構有効な気がする。

そして、今回「原初生命体としての人間」の中で
私に響いてきたのは以下のフレーズだった。

第5章 からだと動き
「とにかく言語化してみないと、せっかくつかみかけたものも、それに似ているすでに言語化されて強いエネルギーをもったものにくっついてわからなくなってしまう。からだの感覚や能力をいわゆる随意化(コントロール)するためには、何としてでも言語化することが先決である。この作業は無限につづく性質のものではあるが・・・・。」

「私にとって、意識によってひとつひとつの筋肉を働かせるという感覚は、いまだにはっきり掴めていない。しかし、それでは駄目だ、とは思っていない。ひとつひとつの筋肉を意識的に働かせることが、人間にとって大切とは思っていないからである。その動きにとって適切なイメージによって動くのである。ひとつひとつの筋肉を動かそうとするのではなく、からだの中身の関係において動くのである。」

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November 21, 2007

Inner Harmony

水曜日のレッスン
街は冬色に染まり始めているのに
降り注ぐ光の祝福に満たされたような空間の中で
静かに流れていく時が心地よかった。

センターでプリエを繰り返すうちに
自分の中心に細く長い一筋の道が通っていく
その道筋が自分の中でクリアになるにつれ
身体の表面は静寂さを増していくように感じられる。
バーでタンジュやロン・ドゥ・ジャンブをしながら
こうして時間をかけて、ひとつの動きに丁寧に向き合いながら
内側の感覚に全てを研ぎ澄ませていると
動きの中での骨盤の水平な状態というのは
決して緊張を増やし固めることによって保たれるものではなく
内部で調和しながら動き続けるムーヴメントが
形作るものなのだということを感じもするし
今までずっと右足の開きが悪いとか
腰がかぶると感じてきたけれど
それは、こういうとき動作脚となる右というより
むしろ立っている骨盤の左側のコントロール不足や
コーディネーションの未熟さに起因するものなのだろうと
思えても来る。

実際、カイロプラクティックの治療で
毎回のようにクッションをあてて自重で矯正をする際に
大雑把に描くと図のように(マウスで雑に描いたのでかなりアバウトな図^^;)
骨盤左側は上部を後ろに行く方向へ
右側は下部を後ろにいく方向へ
という状態になるようなクッションの当て方をされて

Pelvic_2
それは、つまり左は前傾する方向に
右は後傾する方向に捻れが生じやすく
そういう状態を生じさせやすい姿勢の取り方や、
動き方の癖があるということなのだと思う。

左股関節に不調が出たのも
立ち仕事からの負担という面もあると同時に
その新たなバランスでのコーディネーションを
身体が獲得していく過程での
不安定さやコントロールの未熟さが
影響している面もあるのかもしれない。

なので、それをヒントに
時折仕事で疲れが出てきたなと感じる時
寝る前にフランクリン・ボールを下の図のようにあてて
うつ伏せで10分くらいリラックスするということを
セルフケアとして行うことがあるが

Pelvic2s
そうして自重を使った穏やかな矯正でも
日常生活の中で生じたちょとした捻れが解消すると
左の仙腸関節の若干の詰まり感のようなものは消失して
仙腸関節部分のみならず、腰・背中・首・脚の広範囲に渡って
緊張が緩むのが感じられる。

つまりは、捻れが出ない状態への
身体のコーディネーションが自分の中で確立し
新たな調和を見出すことができたら
その時、身体の状態の向上だけでなく
バレエにおいても新たな地平が開けるような気もしていて
ここでのレッスンは
そのコーディネーションの感覚を
少しずつ、でも確かに
コラージュしているようでもある。

帰宅して見上げた夕暮れ時の空
透明感のあるグラデーションが美しかった。

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November 16, 2007

Temps

ホームで電車を待つ僅かな時間
少し肩が縮まってくるような空気の冷たさに
少しずつ冬のヴェールが降りてくるのを感じる。
勤務先周辺の駅ビルの入り口などには
ボジョレー・ヌーヴォー解禁のディスプレイが目立ち始めたり
ショップの入り口では個性的なクリスマス・リースを見かけるようになってきた。

休憩時間にまた踊る身体のディスクールを読み進める。
今日は第6章 身体・時間・表現―タンの概念
タン・ルヴェ、タン・ドゥ・フレッシュ、タン・ドゥ・ポワソンなど
バレエ用語として日常的に触れている「Temps」を
様々な角度から掘り下げ、考察していて面白い。
タンとは事物がそれとして存在する時間
例えば上記のタン・ドゥ・ポワソンやタン・ドゥ・フレッシュが
何故、「パ」でなく「タン」で表現されるのか。
前者ならそれで表現されるのが水面から跳ね上がる魚の「一うねり」であって
魚の「パ(足どり・・・足無いし^^;)」ではなく
後者なら矢が放たれる一瞬を描いているからタンなのだと。

印象に残った部分を引用。

かつてバレエのステップとは左右二脚の分節が刻む「歩=パ」のことであり、それは舞曲のリズムを構成した。その後、バレエのステップは音楽からタンの概念を吸収し「体軸に連なる関節の運動」で動きのフィギュアを構成し、事物の時間を表現するようになった。

中略

「身体」によって「身体的」なものを組織する。だからこそバレエの身体は、拍子記号を受け入れる身体、すなわち重量と分節運動を利用しながら、様々な動きの様態を構築できる身体でなければならない。それは、身体各部の独立性と共同性を高める身体訓練によってつくられる。

中略

これまでの考察を通して、音楽であれ舞踊であれ、「タン」とは表現の一つの方法論である、ということを明らかにしてきたつもりである。それは接触感覚、物量感覚、自己の存立感覚に依拠する表現方法であり、コミュニケーション法である。そして、同時に「タン」とは表現そのものである。それは、存在の様態の表現であり、事物に付随する動的情感の表現である。

その日のレッスンで、
そんなことをどこかに記憶に留めながら
タン・リエをするのも何だか楽しかった。
    Temps lie ※lieはlier(繋ぐ)の過去分詞
もっとも、シンクロしてか^^;
センターでマネージュしながら行うアンシェヌマンの中で
久しぶりに「タン・ドゥ・ポワソン」が登場した今日
水面から跳ね上がる魚の「一うねり」
・・・というより・・・何か違う物体の様体だな、自分^^;と
思ったりもするのだった(^▽^;)

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November 12, 2007

11月12日のレッスン

今日は3週間ぶりに昼間のクラスのレッスンへ
昨日少しPC作業を続けたせいだろうか
若干腰の後ろが硬めだったが
両手バーでのウォーミング・アップのエクササイズで
少し大げさに呼吸をそこに入れるつもりで
動いているうちに次第に硬さが取れてくる。
1番ポジションからプリエをしながらドゥバンにタンジュ、フレックス
また1番に戻して同様にプリエをしながらタンジュ、但し今度はアンドゥダンで。
そうしてアン・クロワに脚を動かしながら
動きで自分の体の関節や周辺の筋肉を
内側から解していく。
今日は左足の付け根の部分もだいぶ調子が良いようだった。

一連のエクササイズの中に
パラレルの4番?で上体を前にカンブレして行き
両手を前の脚の近くについて
最初は前後の脚の真ん中にあった重心を
前に移していくというものがある。
後ろになる脚は若干踵が上がっても良いが
簡単に前にスライドさせるのではなく
そのサバ折^^;になった状態から
お腹の奥がクッと上げるように
前の脚の上に更に高く乗っていくように行う。
ストレッチ+お腹の奥を使う感覚の訓練になるが
今日はその動きと、あとは
普通にバーレッスンの際の前へのカンブレの
一番深く倒すところに到達するところで
それに更に尾骨を引き下げるような感覚を加えてみた。
意識を向けたのは尾骨だったが
腰の後ろがスッと楽に伸びて
お腹が更に上がる。
ちょっと意識の向け先を変えただけでも
ずいぶん感じが変わるものだなと思った。

バーレッスンの間中、今日はかなりお直しを頂く。
先生の痛めている手首大丈夫かなぁ^^;と
ちょっと心配にもなってしまったが
これだけ集中してお直しして下さるということは
やはり身体の変わり目なのかなと思った。

かれこれ14年近くもお世話になってきて
これまで大きな怪我も故障も無く
バレエを続けてこられたのも
どんなに僅かずつの変化でも
自分を諦めずに向き合ってくることができて
大人からの嗜みとしてのバレエに
何を求めていったらいいのか
それを見出させてくれたのは
やはり先生の導きがあったからだと思うと
改めて有難い思いでいっぱいになった。

帰り道、夕焼けが美しかった。

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November 09, 2007

11月9日のレッスン

仕事が無かったので
レッスンに行く前に自宅で少しセルフケアと
フロアエクササイズを行った。

火曜日がそうだったが、立ち仕事が続くと
脚の張り以上に、骨盤底から柔軟性が減少して
その辺りの感覚がちょっと鈍る感じと共に
動きが悪くなるのが感じられるこの頃。

フランクリン・ボールを使って
骨盤底や内転筋の起始・停止部分を
穏やかにリリース
それまで、ちょっと一塊になっていたような
ボヤけた感覚から
個々の筋肉がなんとなく感じられて
軽やかな印象に変わったところで
今度は仰向けに寝て
いつものフロアエクササイズを思い出しながら
腰の後ろを緩めるようなイメージを持ちつつ
深い呼吸と共にリラグゼーション。
いい具合に緩んできた頃を見計らって
腰の後ろに呼吸を回して
内側から腰を床に落とすのを助けるように
フラットな腰の状態を保ち
連動して働き出す腹横筋を始めとした
体幹部分の筋肉の微かな緊張を感じてみる。
その状態を保ち、感じながら
アンバ・アンナバン、ア・ラ・スゴンド
あるいはアン・オーにとポール・ド・ブラを繰り返す。

最後に起き上がって、2~3回1番でのドゥミプリエ。
でもかなり丁寧に行った。

リリースも含め、僅か30分に満たない時間だったけれど
骨盤底に適度なしなやかさと
体幹の程よい緊張感が感じられた。
緊張といっても、ガチっと固まる感じではなくて
例えて言うならちょっと洗濯糊が利いたみたいな(笑)
仙骨の前(つまり丹田だろうか)に何となく充実した感覚と
ホッとしたような鳩尾
あ、この感じだったら
多分今日のレッスンはいい感覚から始められそうという気がした。

実際、レッスンが始まってみて
やはり火曜日に比べたらシッポ周りの感覚がずっとクリアで
アンドゥオールを保ちながらのプリエの動きを
尾骨が引っ張っていってくれるような印象があって
今更のように

It is also important to distinguish between a movement that comes from the hip joint and a proper coccyx movement.If one moves from the hip joint,the pelvis tilts forward and backward,and the coccyx itself stays inactive.In this case,we are simply training the hip muscles and not the pelvic floor.If you make a proper coccyx movement,you will see that some nuscles which have noting to do with the pelvic floor are involved-the belly and back muscles for example-but the movement itself stays within the pelvis.
Pelvic Power/ Erick Franklin

という言葉が、自分の中で
やっと少し現実味を佩びてきたように感じたと同時に
骨盤底から仙骨を介して脊柱や腹部への
繋がりが感じられるような気がしたのが
この日の大きな収穫でもあった。

昨年末に上記の本を友人が翻訳してくれたので
いつでも全部に目を通すことも可能だったのだけど
単に知識ばかりが先走るのが嫌で
まずは骨盤底の部分で
自分の感覚がちょっとでも追いついてから
読み進めようとお預けにしておいた5章以降を
ようやく読み始めてもいいかな・・・と感じた。

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November 06, 2007

11月6日のレッスン

この2日間は残業も長引いて
今日もレッスンには何とか間に合ったものの
何となく仕事の疲れを身体の面でも
神経の面でも引きずったままレッスンに突入で
最初はどうなることかと思ったけれど^^;
まずは、欲張らず、焦らず
一見、スタティックな形の中にある「動」の感触を
少しずつ自分の中に呼び戻すようなつもりで
バーレッスンをする。

身体というのは常に変わり続けてもいるし
その日、その時の様々な影響を受けたところから
静的な状態としての形を
いきなり今の自分のベストの状態に
はめ込んでいこうとしても
コンディションのそれほど良くない状態では
空回りしてしまうことが多い。
だから、最初は余り形に囚われず
主体としての身体を
邪魔したり、コントロールしたりしようとする意識ではなく
助けるような意識の持ち方やその向け方を探しながら、
あるいはこれまで得られたヒントやイメージを
動きつつコラージュしながら
でも、それを外に結んだ像として捉えるのではなく
自分の中で、いま響く感じ方
あるいはその感触を
最初は1割からでもいいから
動の中で感じ続けることを大事にしてみる。

今の自分の中で
その感覚を呼び覚ますのに
やはり、一番効果的な感覚のキーは
より精度の高いドゥミ・プリエとタンジュの中に
全て集約されているように感じた。

中盤ぐらいになって
あ、この感じ・・・というのが、ようやく戻ってきたなと
感じた頃に
少し「形」としての自分の状態を
捉えなおしてみようと
リンバリングの合間に両手バーで
ドゥバンやア・ラ・スゴンドへのタンジュをして
様子を見てみる。
見てみるといっても、鏡を背にした状態なので
自分で視覚的に確認をした訳では無いが
先生が、「やっと少し戻ってきたわね」というような感じのことを
仰っていらしたので
形にも何らかの変化が現れてはいたのだろうと思う。

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October 24, 2007

10月23日のレッスン

火曜日のレッスンでは
フロアに横たわってみて、
確かに腰の反りが最初から減少している感覚がある。
それは歩く時の足の出やすさとして感じられたり
脚の付け根が股関節でなく
もっと上に上がったような感覚としても感じられていた。

いろいろと身体の状態を根本から変えようと
様々な方のお力添えを頂きつつ
自分でもあれこれ、ある意味マニアックに^^;
試行錯誤を繰り返してきたのだけれど
ある所までは急激に改善されていくものを実感しつつも
そこから先がどうしても伸び悩む部分があるように感じられて
このあたりが器質的限界なのかなと思う事もあったが
使い方が変われば、まだ変わりうる余地があるんだなと
身をもって確認できたことがやはり一番の収穫。
暫く続いていた低迷状態は
やはりそれまでの状態をもうひとつ乗り越えるための
プレパレーション期間だったのだろうか。
先生も、この夏の不調は
そのために必要な時間だったのかもしれない
そういう時は一時後退した様に思えても
次にジャンプする先は元の位置ではなく
その更に先であったりすることが
あるものだというようなことを仰っていらした。

最初にバー無しでプリエを繰り返した後
バーになってタンジュやデガジェをする段になって
昨日の感覚もコラージュするように丁寧に動いていく。
内側でクロスしていく感覚というのを
これまでも何度もご指導頂いてきたけれど
やっと感覚がイメージに追いついたように感じた。
特にタンジュからルルヴェに上がっていく時に
片足で立っていても
自分の中心に何か一本の力強い糸が通ったような
安定感が印象的だった。

昨日の気付きを日記でご覧頂いてもいたので
それを確かめ、深めるような
内容を組んでくださっていたと思う。
なので、結構しんどかった(^^;)ゞ
これだけ涼しくなって
単にタンジュやデガジェをゆっくり繰り返しているだけなのに
内側から汗が搾り出されてくる感じ。

その後、少し時間を置いてクラスレッスンに出たが
さすがに昨日今日と使い方が変わって
それまで今ひとつ使いきれていなかった部分は
ちょっと筋肉痛気味・・・というか
張り気味かな^^;という感じが
最初のウォーミングアップで感じられたので
ストレッチは少々加減させて頂く(^^;)ゞ
でも、バーレッスンの間でも
速度の速いデガジェや
バッチュの際の動作脚がすごく楽に動いてくれる感じ
センターではやはり
ポアントのルルヴェ・パッセ・ドゥシューなどを繰り返す時の
安定感が良くなって
昨日より更に中心に
迷い無くまとまってくれる感覚があった。

1週間連続の休暇も終わってしまう水曜日。
最後の1日は特に予定をいれず
家のことを済ませたり
のんびりワンコと過ごすスローな日となったが
やはり内転筋を中心にしっかり2日分の筋肉痛が
まとめてやってきた(^▽^;)
でも、それは故障で生じる不快感とは違って
どこかいとおしさのようなものが感じられる感覚でもある。
この1週間はいろいろな意味で充実した時間だった。

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October 22, 2007

10月22日のレッスン

日曜日は知人の出演する発表会を観に行った。

ライモンダを全幕で観たのは久しぶり。
発表会用にコンパクトに構成されていたが
ジャン役の黄凱さんが
やはり際立って美しかったのと
アブデラフマン役の原健太さん
ソリストの女性ゲストの方の踊りが印象的だった。

ライモンダは音楽も好きだし
よくレッスン用の曲としてもアレンジされて収録されているし
昔お世話になった先生のレッスンで
ライモンダの曲が使われることが多かったので
ちょっと懐かしい気分にもなった。

終演後は一緒に観に行った方々と
ホール近くの「上海厨房」で食事をした。
最近、舞台を観に行っても
翌日の仕事に響くので^^;
なかなかそうして終演後の時間まで
のんびり楽しむことも出来ないが
今週は休暇中というのもあって
かなり遅くまで舞台鑑賞後の宴を堪能(笑)

帰宅してから、少しWeb関係の仕事を済ませたりして
少々寝不足気味で迎えた
翌日の日中のレッスンだったが
それでも、少しずつ身体を動かすうちに
スッキリした感じになってくる。

いつもバーレッスンの左手バーの時
つまり軸足が左になる時に
立ち方のお直しを頂くことが多く
でも、自分の感覚として
どう捉え、どうコントロールしたらよいのかが
いまひとつ自分の中でハッキリしなかったのだが
上手く言葉には出来ないけれど
あ、もしかしたら
先生が伝えたかったのはこの感じかな・・・と
ちょっと感じられるものがあって
バーレッスンの後の時間に
アンクロワのタンジュをしながら
少しその感覚を確かめるようにしてみた。

軸足に乗って・・・と先生が表現なさるのを
単に体重を軸足に移してということではなく
体軸の中心に乗っていけということではないかと
ふと、思った。
つまり、私の感覚的には
左足に乗ると感じるというよりは
左は左でも、そのより中心側
つまり内側のラインだけれど
脚と考えるよりは
体幹の中心から真下に下りていくところに
自分のムーヴメントの流れを集めていくような・・・
それによって第3の脚が自分の真下にあるような感覚
それが、左の時は甘くなりがちだったことを
伝えたかったのかもしれないと。

その体軸の中心に自分の体幹が乗っていくためには
内側ではより細いところに自分が納まっていかなければならない。
踵から尾骨に繋がるラインの上に
体幹をしっかり保ちながら
自分を集めていくようにすると
自然と内腿のごくごく付け根の部分がくっと働いて
両足の内腿の付け根の部分同士が
より自分の中心引寄せ上げられるような・・・
上手く言葉にできないけれど
そうして立つにはタンジュで出す脚も
よりクロスするポジションに出していった方が
自分がそこに納まりやすくなるし
その方が自然になる。

きついにはきついが体幹をきっちり保っていると
それでも、使いたいところをやっと使える
というより、自然と使わざるを得ないポジションに
身体が納まっていくような
納まるスペースが出来るような
でも、意識してそこを使おうとする時とは
全く違う働き方で
脚やお尻に余分な力も入らないし
関節もより自由になるような
そんな感じだった。

まだやっと回路が繋がったかなというところだけれど
暫く、その感覚を少しでも確かなものに出来るよう
バーレッスンをしていきたいと思う。

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